大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 平成9年(ワ)3771号 判決 1999年9月21日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

伊藤幹郎

井上啓

横山國男

岡田尚

小島周一

三木恵美子

芳野直子

杉山朗

山崎健一

小川直人

被告

乙山次郎

神奈川中央交通株式会社

右代表者代表取締役

齋藤寛

右両名訴訟代理人弁護士

浅岡省吾

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金六〇万円及びこれに対する被告乙山次郎においては平成九年一一月一六日から、被告神奈川中央交通株式会社においては同月一八日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告らの負担とし、その余は原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  本件請求

一  被告らは、原告に対し、各自金二〇〇万円及びこれに対する被告乙山次郎(以下「被告乙山」という。)においては平成九年一一月一六日から、被告神奈川中央交通株式会社(以下「被告会社」という。)においては同月一八日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  仮執行宣言

第二  事案の概要

一  本件は、被告会社大和営業所に所属する運転士である原告が、駐車車両に自己の運転する路線バスを接触させ、同営業所所長被告乙山から下車勤務として約一か月の同営業所構内除草を、乗車勤務復帰後も一か月以上の添乗指導を受けることを命じられたため精神的損害を受けたと主張して、被告らに対し、金二〇〇万円の慰謝料の支払を求める事案である。

二  争いのない事実及び確実な証拠により明らかに認められる事実

1  被告会社は、一般乗合旅客自動車運送事業(いわゆる乗合バス事業)及び一般貸切旅客自動車運送事業(いわゆる貸切バス事業)を営む株式会社であり、神奈川県内に一三営業所、東京都町田市内に一営業所を有し、保有バス車両約二〇〇〇台、運転士約三三〇〇人である。

被告乙山は、被告会社の従業員であり、平成七年一二月以降、被告会社の大和営業所所長である。大和営業所は、神奈川県大和市を中心とする同県内東北部を担当区域とし、所員約二四〇人で、うち約二一〇人が運転士である。

原告は、平成四年一月二〇日、被告会社に運転士職として採用され、以来被告会社大和営業所に所属する、一般乗合旅客自動車担当の運転士である。

2  原告は、平成九年八月一日午後二時二五分ころ、横浜市緑区十日市場町<番地略>付近の環状四号線片側二車線道路で路線バス(や九七号車、鶴ヶ峰一三時三四分発十日市場駅行、以下「本件バス」という。)を運転中、同道路左側路肩に駐車中の訴外長友忠臣(以下「長友」という。)所有の自家用普通乗用自動車(以下「相手方車両」という。)側方を通過する際、同車両の右前ドアと本件バスの左後部側面バンパー付近とを接触させる事故を起こした(以下「本件事故」という。)。

3  被告乙山は、同日、原告に対し、下車勤務を命じ、具体的には、翌日から就業時間中に営業所構内の除草作業に従事することを命じた(以下「第一業務命令」という。)。

原告は、右業務命令に基づき、同年八月二日から同月二五日までの間、原告の休日を除く一四出勤日にわたり、連続して右営業所構内の除草をし、同月二六日、車庫内、主要停留所及び折返し場所を清掃した。

4  被告乙山は、同月二九日から九月一日までの四日間、原告に対し、乗務準備個別教育、研修を行い、その中で、乗務員及び誘導員服務規程(以下「服務規程」という。)の読習、書写しをさせた。

被告乙山は、同月四日から、原告に対し、添乗指導を受けることを命じた(以下「第二業務命令」という。)。添乗指導とは、その運転士の乗務する車両に指導運転士が同乗して本人の運転状況、乗務規律の履行状況等について把握し、指導する制度であり、指導運転士は、その結果を毎回、添乗指導報告書を作成して所長に報告する。右添乗指導は、右同日から一〇月七日まで、原告の休日を除く二五出勤日にわたって行われた。

5  原告は、一〇月七日、被告乙山を試験官とする独車試験に合格し、翌出勤日の同月一〇日から通常乗務に復帰した。

6  被告会社の服務規程、従業員就業規則等社則集(以下「就業規則」という。)には、次のとおり規定されている。(甲一、三)

(服務規程)

三条 乗務員等は、事業の公共性を認識し、職責の重要性を自覚して誠実に職務を遂行しなければならない。

四条 乗務員等は、品位の向上に努め、礼儀を重んじ、旅客に対し公平かつ懇切な接遇に努めなければならない。

一二条 乗務員は、予備勤務の場合並びに乗務員交番表作成基準に定める予備時間中いつでも乗務することができるよう態勢を整えておかなければならない。

2 乗務員は、前項の場合、その乗務しない時間を許可なく私用に費やしてはならない。

二七条 運転士は、事故防止に万全を期すため、次に掲げる各号の指差呼称を行い、安全を確認しなければならない。

(1) 各運行系統の起点及び各停留所発車時並びにこれに準ずる場合

「左よし」「前方よし」「右よし」

(2) 交差点にて信号待ちから発車する場合

直進時「前方よし」 右左折時「右よし」または「左よし」

(3) 呼称の実施

イ 走行中の交差点手前

直進時「前方よし」 右左折時「右よし」または「左よし」

ロ 走行中の交差点重複確認

右左折時「右よし」または「左よし」

(就業規則)

八条 従業員は、その職務に関して会社の諸規則を誠実に守り所属長(課長以上の者及び所長をいう。以下同じ。)の指示に従い互いに協力し、その職責を遂行すると共に職場秩序の保持に努めなければならない。

2 所属長は、所属従業員の人格を尊重し、職務を遂行しなければならない。

第三  争点及びこれに関する当事者の主張

一  争点

1  本件事故の態様

2  第一業務命令の違法性の有無

3  第二業務命令の違法性の有無

4  原告の損害

二  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告の主張

(1) 本件事故の際、相手方車両のドアは、半ドアにもなっておらず、きちんとドアが閉められていなかったと考えられるところ、同事故現場の道路が本件バスの進行方向から見て、かなり右下がりの傾斜がついていることから、本件バスが相手方車両の側方を通過する際、同車両の右前ドアが、その震動、風圧などで、右下方に向けて自然に開いてしまったものである。

(2) 本件事故現場は、信号機の設置されているT字型交差点の信号機付近であり、駐車禁止の場所である。そのような場所に乗用車を駐車していたこと自体が違法であり、さらに、長友が降車の際、運転席ドアを完全に閉めなかったためにバスの通過中に開いてバスに接触したのであって、本件事故は、もっぱら長友側の過失によるものというべきである。本件事故現場は片側二車線の幹線道路であり、バスは、基本的に停留所がある路肩寄り車線を運行するが、中央線寄り車線を運行する車両にも気を付けなければならず、中央寄り車線にはみ出さないように運転する必要があり、必ずしも路肩駐車車両との車間距離を十分に保てない状況にある。

(3) 本件バスは、昭和六三年式のディーゼルバスであり、年式の古さからも車内の騒音はかなり大きい。また、本件事故当時は、気温が頗る高く、車内では冷房を最大力で稼働させており、しかも、運転手の頭上右側にスイングファン(扇風機)があって、その音も大きかった。さらに、本件事故当日、右現場の手前の「郵便局前」停留所から乗車した東洋英和女学院短大の女子学生など乗客約四五名が乗っており、車内は話し声で満ちていた。そのため、本件接触事故により生じた衝撃音はかき消されてしまったのであって、原告が気付かなかったとしてもやむを得ない。

(二) 被告の主張

(1) 相手方車両の損壊状況と本件バスの接触傷からいって、本件事故は、相手方車両の前方運転席側ドアが完全に閉められておらず、数センチメートルから十数センチメートルほど開いた状態であったところ、本件バスの左後部側面バンパーで右ドアの先端部を引っかけ、同ドアを前方向へ押しつぶしたものである。本件事故現場の道路が、右に湾曲していることから、相手方車両側方通過の際、本件バスがやや左向き加減に運転しつつ、少し右に転把したため、車体後部が左側に振れて相手方車両に当たったものである。本件バスが相手方車両の側方を通過する際に、同車両のドアが開いたものではない。

(2) 駐車車両の側方を近接して通過する場合には、前方注視義務としてその車両の状態や人の飛び出しの有無等に注意し、相応の速度と間隔で、駐車車両等の動静に対応しうるようにして通過すべきである。そして、右前方注視義務には、当然駐車車両の状態についても十分な注意を払って進行すべき注意義務がその内容に含まれている。さらに、大型車両であるバスの場合、他の車両に対する危険性、加害性も大きく、その運転手には一般車両の場合よりも高度の注意義務が課せられる。

すると、相手方車両のドアは右のとおり異常な状態であった以上、原告はこれを十分視認できたはずであり、これに気付かなかった原告には前方注視義務を怠った過失がある。

(3) 事故の音は、乗客の話し声やエンジン音、冷房の音といった通常耳にする音とはかなり異質な音であり、原告が聞き取れないはずはなかった。

原告が、仮に本件事故に気がつかなかったとすれば、まさに通常運転時に払うべき注意を怠った不注意運転であり、漫然運転であるから、原告の責任は小さくない。ましてこれに気付きながら事故発生車としての対応を避け、怠ったのであれば、さらに重大である。

2  争点2について

(一) 原告の主張

(1) 被告乙山は、本件接触事故の原因ないし責任につき十分調査することなく、原告に責任ありと決めつけて、原告から十分な事情も聞かずに下車勤務を命じている。しかも、原告が、再発防止に取り組むべく意見書を提出し、十分反省の気持ちを明らかにしているにもかかわらず、その後になされたものである。被告会社においては、本件事故のような軽微事故の場合には、必ずしも下車勤務を命じられるわけではなく、また、下車勤務になったとしても、通常二、三日間にとどまる。原告に対する第一業務命令は、他の者に対する場合に比較し、突出して厳しい処分となっているといわざるを得ない。

(2) 服務規程一二条一項の予備勤務は、あくまでいつでも乗務することができるよう態勢を整えておかなければならないものであって、朝から作業服に着替えて終業時間まで草むしりをすることは、通常の予備勤務における正当な業務には当たらない。よって、被告乙山の命じた構内除草を内容とする下車勤務は、右予備勤務に含まれるものとはいえず、規程上の根拠はない。他の運転士の中に構内除草をしたことがある者がいたとしても、それはその者の趣味か、偶々勤務予定がないから行っていたに過ぎないのであって、下車勤務ないし懲戒処分として除草作業を行った者はない。すなわち、下車勤務を命ずる業務命令は、その目的が不明確であって、どのような場合に、どのような内容で、何日間続くのかの基準が曖昧で、被告乙山の気持ち一つで決定された恣意的なものである。

(3) 仮に本件事故直後に、事故や乗客とのトラブルの再発防止のため所長の裁量により下車勤務を命じうるとしても、構内除草は、事故防止、安全対策とは無関係であり、本人の反省を促す手段としても不適当であることは明らかであるから、労働契約に基づくバス運転士の業務内容としては許容されていない。

(4) 第一業務命令の本質は、被告乙山による恣意的で不合理な労務管理であり、自分の気にいらない者に対する「いじめ」ないしは私的制裁であり、他の運転士に対する「見せしめ」に他ならない。同僚運転士、通行人などに見られている中での草むしり作業であり、また、日中は気温三〇度を超える猛暑が続いていたため原告が体調を崩すことが分かっていながら、被告乙山は、これにより原告に屈辱を味あわせ、あわよくば被告会社の労務政策に恭順ではない原告を退職に追い込むために恣意的に行ったものである。

(5) よって、被告乙山による第一業務命令には、その裁量の範囲を超えた違法があり、不法行為が成立する。

(二) 被告の主張

(1) 本件事故は原告の一方的な不注意、運転操作不良によって惹起されたものである上に、原告自身も事故当日大和営業所助役秋澤忠(以下「秋澤助役」という。)と同行して緑警察署十日市場駅前交番に行き、長友本人から説明を聞き、相手方車両の状況も直接見分して、事故状況が分かったにもかかわらず、原告は、本件事故について事情を聞かれてもほとんど応答もせず、気がつかなかったから責任がないというが如き態度に終始し、本件事故発生の原因や自己の運転状況について顧みるところもなければ、反省する態度も見られなかった。また、仮に本件事故自体については、原告の運転に過失がなかったとしても、事故発生時に運転席において異常の発生に気づかないはずはなく、気づかなかったとすれば、よほどの漫然運転か注意力散漫運行をしていたもので、バス運転士としての適性を欠く実情にあったというほかなく、そのまま乗務を継続させることは到底できないと判断される状態にあった。しかも、原告は、平成四年一月の入社以来、本件事故までの間にいずれもバス車体の左側の離間距離の把握が問題となった四件の有責事故を起こしている。また、添乗監査においても再々問題点の指摘を受け、個別指導を受けるも改善されなかったのであり、その乗務には問題があった。

(2) 予備勤務は、所定交番上バスに乗車をしない勤務であるが、①正常な運行を確保するために、当日の欠員や運行支障等が生じたときに補充できるように運転士を待機させるものと、②有責事故を発生させたり、乗務に問題がある場合などそのまま乗務を継続させることが適当でないと判断されたときに行われるものとがある。大和営業所では、従来から、運転業務の適切な遂行のため、運転士本人の自覚や意欲、注意力、集中力といった主観的、精神的部分も大きく影響を及ぼす業務であることから、事故やトラブルの再発防止のため、一定の場合に乗務を外して一定の冷却期間を設けて右②の予備勤務をさせてきた。構内除草は、同予備勤務の内容に含まれている。右営業所構内が全て舗装されており、除草が必要な部分もわずかであることから、構内に雑草が生える毎年四月以降一〇月ころまでの間、予備勤務の運転士が清掃整理作業の一環として行ってきた。大和営業所にいる構内の清掃等の専従者二名では手が回らないので、不特定の運転士が行ってきたのである。過去に同営業所内でも、有責事故あるいは、接遇不良のため下車勤務となった運転士は複数名おり、その中には原告と同様除草作業を命じられた者もいる。また、概ね同旨の制度を同業他社においても実施している。

(3) 原告の除草作業においては進行は本人のペースに任されており、管理職が付き添い、作業状況を監視するということはなかった。途中の休憩も適宜採ることができた。また、原告が実際に行った除草の面積も全部で一一〇坪ほどで、一日当たり約九坪であるから、きわめて少ない作業量である。

(4) 以上から、被告乙山としては、職務管理上、原告が出勤してきたとしても清掃整理作業以外には原告に行わせる適当な仕事がなかったといえるから、原告に対し、その内容の一つである構内除草を命じたことは何ら違法ではない。

3  争点3について

(一) 原告の主張

被告乙山ないし被告会社が事故の再発防止に努めるならば、事故直後から個別教育、研修を行うべきであり、事故後一か月経ってから個別教育、研修に入るということ自体が非常におかしい。事故後かくも長期間経った後では乗客とのトラブルを避けるなどの意味は全くない。一か月以上にわたる添乗指導は、勤務歴五年以上の運転士である原告に対し、見習運転士と同様の処遇を行うものであり、しかもその内容としては、運転技術そのものとは関連性のない、指差呼称、接遇が中心の指導がされた。よって、第二業務命令は、本件事故に対応した有意義な指導とは言えず、その実体は、見せしめ、嫌がらせであるから、違法である。

(二) 被告の主張

(1) 被告乙山は、本件事故について、原告の反省、自覚を促すために前記の構内除草ないし清掃を命じたのであるが、平成九年八月二六日の清掃作業がしっかりしており、そこに原告の気持ちの変化を感じたと秋澤助役から報告を受けたので、すぐに原告に対し、乗務に向けた教育を実施することにした。そのため、原告の翌出勤日である同月二九日から個別教育、研修を開始したのである。

(2) 大和営業所においては、有責事故または接遇不良のため下車勤務となった運転士については、必ず添乗指導を実施している。添乗指導の結果、本人の乗務状況がよくなれば、所長、助役による独車試験を行い、通常乗務に復帰させる。しかし、原告は、運転操作及び乗務規律遵守のいずれにおいても問題があり、指導を重ねるもなかなか改善されなかったため、添乗指導日数が二五日間と長期に及んでしまったのである。特に、原告には、指差呼称、接遇においてやる気が見られず、こうした原告の態度が長期化の原因である。

(3) よって、第二業務命令は、公共サービス事業としてのバス会社においては、重点事項とされる安全運転の確保と旅客に対する接遇の充実励行を目的としてなされた適切な処分であって、もとより適法妥当なものである。

4  争点4について

(一) 原告の主張

被告乙山は、無過失である原告に対して一方的に濡れ衣を着せた上、右二度の違法な業務命令を行ったものであり、これにより原告が被った精神的損害を慰謝するに足りる金額は、金二〇〇万円を下ることはない。

(二) 被告の主張

原告の右主張は争う。

第四  争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様)について

1  前認定の事実及び後記記載の証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、「中山谷」停留所と「十日市場」停留所の間で、「十日市場西田公園口」交差点信号機から数メートル進行方向(十日市場駅方向)に越えた位置である。片側二車線の中央分離帯のある道路であり、一車線当たりの道幅は3.1メートル、左側路肩の幅は1.6メートルであるが、同所は駐停車禁止区域である。ただ、同所は平素から駐車車両が多く、しかも、路肩の幅が右のとおりであって駐車車両は路肩寄り車線に若干はみ出して駐車することが多い。このため、中央寄り車線に近接して進行中の車両がない場合には、路肩寄り車線を進行中の車両も特に中央寄り車線への車線変更をしないまま車幅の大半を中央寄り車線にはみ出して駐車車両を追い抜く。しかし、中央寄り車線を進行する車両がある場合には、路肩寄り車線進行中の車両はそのまま同車線を進行し、中央寄り車線にはみ出して進行することをしないので、必然的に駐車車両との間隔はかなり狭くなっている。右道路は幹線道路であり、法定最高速度は時速五〇キロメートルで、本件事故現場は、信号機付近ではあるが、通過の際の時速は通常四、五〇キロメートルである。右道路は、しばらく直線状態が続いた後、右交差点手前十数メートルを基点として右側に緩やかに三五度程度カーブしており、わずかながらバンク状になっていて、路面は進行方向から右下がりにやや傾斜している。もっとも、路肩左端には側溝があり、同部分は左下がりに傾斜している。(甲一一の1ないし4、五一、乙五、六、四七、原告本人)

(二) 本件バスは、昭和六三年式のディーゼルエンジンバス(リヤーエンジン)であり、全長1074.5センチメートル、全幅が二四九センチメートル、全高三一五センチメートルであり、後部バンパー最下部までの高さは、約六〇センチメートル、バンパーの高さは約二〇センチメートルであるが、同バンパーは、側面が約一センチメートルの幅分だけ外に突き出ている。本件バスには、本件事故後、黒色の後部側面バンパーの前部分及びその前約二〇センチメートルから高さ約三〇センチメートルのスカート部分に擦過痕がつき、同部分の塗料が一部剥離している。一方、相手方車両は、日産プリメーラ(四ドア)で、右前ドアの先端、黒色帯の部分が最も大きくめくれ、上部は取っ手下部分から下部は同ドアの最下部までめくれ上がっている。同ドアの付け根部分から数センチメートルの部分に上下にわたりくぼみがあり、さらに、フロントボディーの右側ウィンカー直後部分もくぼんでいる。同ドアの付け根部分にはサイドミラーがあり、ドアを完全に閉めた状態で同ミラーの最外部はボディーの最外部から約一三センチメートル出っ張っている。(甲一二、乙二、三、五六、五八の1、2、五九、被告乙山)

相手方車両を含む普通乗用自動車のドアロックは、通常二段階式で噛み込むようになっており、その一段目までしか噛み込んでいない状態を半ドアという。半ドアの場合、二段階噛み込んで完全に閉っている場合に比べて約一〇ないし一五ミリメートル出っ張ることはあるが、自然状態でそれ以上ドアが開くことはない。本件事故当時、相手方車両の右前ドアは、その数分前に長友が買い物のため運転席を離れた際、同ドアを完全に閉めなかったのでそのドアロックが全く噛み込んでおらず、数センチメートル開いていた。(甲八ないし一〇、乙八、被告乙山)

(三) 原告は、本件事故の際、その接触音に気づかず、接触後も本件バスを停車させることなく運行させた。そして、原告は、本件バスを終点十日市場駅停留所まで走行させた後、燃料補給のため大和営業所に戻った。

本件事故の際、長友は相手方車両を左側路肩に駐車させ、買い物をするため降車していたが、長友の妻と娘は同車両後部座席に残っていた。長友の娘は、本件事故の衝撃を受け、とっさに衝突したバスの車両登録番号を記録した。長友は同車両に戻り、妻と娘からバスに衝突されたと聞き、本件バスが本件事故現場から七〇ないし八〇メートル先の「十日市場」停留所付近を進んでいるのを視認した。長友は、その場では被告会社に対して苦情を述べずに修理工場へ赴き、費用自己負担で同車両の修理を依頼したが、同所でバス会社に苦情を述べるよう勧められたので、警察にバスの登録番号と当て逃げの被害を通報した。

警察から連絡を受けた被告会社では、その登録番号から事故車両が原告の運転する本件バスであることを把握し、被告乙山において、秋澤助役に対し、本件事故についての調査を指示した。原告が右営業所に戻った際、秋澤助役は、本件バスの後部バンパー左側面付近にある接触傷を確認し、原告に対し、その傷に覚えがないか尋ねたが、原告は、全く覚えがないと答えただけで自ら事故の際の状況を説明しなかった。秋澤助役から本件バスの接触傷と原告の右応答についての報告を受けた被告乙山は、所長室に現れた原告に対し、再度「接触の音か震動かに気づかなかったか」、「どのような状況だったのか」との質問をしたが、原告からは肯く程度の応答しかなく、積極的な状況説明はなかったので、「おめえ、クスリでもやってんじゃねえのか」などと言って原告を叱責した。被告乙山は、原告に対し、秋澤助役とともに警察に行き、一番重い行政処分にしてもらうようにと指示した。原告及び秋澤助役は、緑警察署十日市場駅前交番に赴いたところ、長友も居合わせたので、相手方車両を見分した。長友は、本件事故現場において、原告らに対し、本件事故の状況を説明し、原告が気づかないはずはないと抗議したが、ここでも原告は、本件事故の状況を何ら積極的に説明できなかった。(甲五、乙八、五一、六〇、原告本人、被告乙山)

(四) 本件事故後、被告乙山は、本件事故における原告の過失割合を九割と認め、被告会社は、長友に対し、相手方車両修理費用二二万四二〇七円のうち、一九万七七八六円を支払った。(乙九の1、2、被告乙山)

2(一)  これまで認定判断した事実に、①相手方車両の右側ドアミラーは、車体最外部から一三センチメートル突き出ているにもかかわらず、本件事故後も無傷だったこと、②相手方車両は、その右前ドアの先端黒帯部分が最も大きくめくれ、そこから前方向に大きな負荷がかかってフェンダー部分までくぼみができているのに対し、本件バスの接触傷は、左後方側面バンパーのラバー部分だけでなくその前部にも存在すること、③相手方車両のドアは、本件事故の際全くロックされず、数センチメートル開いた状態であったこと、④本件事故現場の路肩に駐車している車両は、車体の一部を路肩寄り車線にはみ出させていることが通常であるところ、一車線の幅が3.1メートルであるのに比べ、本件バスの車幅は2.5メートルと相当程度広いこと、⑤本件事故現場は、右側へカーブし、しかも右下がりに傾斜していて、同傾斜により路肩駐車車両のドアが自然に開きうること、⑥同所を進行する車両は右カーブに合わせて右に転把しながら進行するところ、車両の右折時には左後方部が最も左に振られる危険が高いことを考え合わせれば、本件事故の態様は、次のとおりと認めるべきである。

本件バスは、本件事故現場の路肩寄り車線を右カーブに合わせて緩やかに右へ転把しながら時速四、五〇キロメートルで進行し、他方、相手方車両は、路肩において、右前ドアのロックが全くかかっておらず、数センチメートル開いたままの状態で駐車していた。本件バスは、相手方車両の側方を通過する際、中央寄り車線に近接して進行する車両が存在したため、相手方車両との間に十分な間隔を置くことができないままに進行した。本件事故現場の右下がり傾斜と本件バスの通過に伴う路面の震動により、相手方車両の右前ドアが漸次開き始め、最少で一三センチメートル開いた。その結果、本件バスの左後方部分が相手方車両に接触し、左後方バンパー側面ラバー部分から約二〇センチメートル前方の付近と相手方車両の右前ドア先端部黒帯部分が引っかかる形で接触した。本件バスは、右斜め前方に進行を続けたため同方向に荷重がかかり、接触時間はわずかに止まったが、相手方車両の右前ドア先端部のみならず、フロントフェンダー部分までくぼむ程度の損壊が生じた。

(二)  この点、被告は、相手方車両の側方通過中に右前ドアが開くことはあり得ないと主張し、乙四一、四二の車両走行テストの結果を提出する。なるほど同テストによれば、バスが駐車車両と近接しながらその側方を通過して風圧がかかった場合でも五ないし一五センチメートル開いた駐車車両の右前ドアは通過中に決して開くことはないことが窺える。しかしながら、同実験は、バスが駐車車両と平行に進んでいる点が本件事故の状況と異なる上、実験場所の乗用車の駐車位置には右下がりの傾斜もないなど本件事故現場の状況とはその重要な要素が大きく異なるままで行われた実験であるから、にわかに本件事故の状況と置き換えることはできない。

また、右1(二)の点に関し、被告は、本件バスの接近前、相手方車両の右前ドアは数センチメートルから十数センチメートルほど開いた状態であったと主張する。しかし、乙八(長友の娘である花輪優子の陳述書)にも、右ドアが被告の主張の程度に開いていたことまでは記載されておらず、その他右主張を認めるに足りる証拠はない。むしろ、乙七によれば、半ドアといわれれば認めざるを得ないとの感想を有していることが認められ、これによれば、前認定のとおり、右ドアの開きは数センチメートルに過ぎなかったものと認めるべきである。

(三)  被告は、本件バスが当初左向き加減で進行し、相手方車両の直前で少し右に転把したため、車両後方を左に振ったと主張し、被告乙山の供述はこれに沿う。しかし、本件事故現場の右カーブは、同地点から十数メートル手前から始まるものであり、その前の進路は直線をなしているものであるから、同地点直前で突如進路を左向きにし、さらにその直後逆に転把して車両後方を左に振るということは考えられず、また、本件全証拠によっても、これを認めることはできない。よって、被告の右主張には理由がない。

3  右判断をふまえて、本件事故における原告の責任について検討する。

(一) まず、前認定のとおり、長友は、同人所有の相手方車両を駐車禁止区域に駐車させていた上、同車両の右前ドアを全くロックがかかっていない状態のまま同車両を離れ、それが原因で路肩寄り車線進行中の本件バスとの接触が起きたものであるから、長友に本件事故における過失があることは認められる。

(二) 次に、一般に、自動車運転手に課せられる前方注視義務には、車両進行中の路肩に駐車している車両周辺の動静にも注意すべき義務が含まれる。片側二車線道路の路肩寄り車線を進行する際、路肩に駐車中の車両の脇を通過する場合には、中央寄り車線の車両の動向を注意しなければならず、中央寄り車線に近接して進行する車両が存在する場合には、路肩に駐車している車両との接触を避けるべく相当の間隔を取らなければならない。

また、左側前方注視義務に含まれる駐車車両周辺の動静の注視とは、駐車車両の前後から、歩行者が急に飛び出してこないかどうかを注意する義務をもっぱら言うのであって、駐車車両自体のドアに関して言えば、全開ないし半開して明らかに運転車両との接触の危険がある場合であれば格別、本件事故においては、本件バスが相手方車両の側方を通過するまで、相手方車両のドアの開きは数センチメートルに過ぎなかったのであるから、走行中のバス運転席から、駐車車両のドアが数センチメートル開いていることを視認することは特に神経を集中させない限り不可能であったと認められる。これは乙四二の写真からドアが五ないし一〇センチメートル開いている場合でも容易に判別できないことに照らして明らかである。

したがって、原告が周到に注視していれば相手方車両のドアが開いていることは気づいたはずであり、周到な注視をしなかったためにこれに気づかなかったものとしても、隣接車線を通行する車両の運転手からすると、駐車禁止区域である路肩に車両を駐車した者が、運転席を離れる際にドアを完全にロックするであろうことにつき信頼し、この信頼を抱くことは相当なものであって、かつ、原告には制限速度超過など他に本件事故の原因となる交通法規違反が存在しないことを考慮すれば、いわゆる信頼の原則が適用できるのであって、原告には駐車車両に対してより周到な前方注視を行うべき注意義務はなかったものと解するのが相当である。また、仮に原告が本件バスを相手方車両に相当程度接近させて運転していたとしても、なお、相手方車両のドアミラーに接触しない程度の距離は保っており、かつ、相手方車両がドアをロックしていれば本件事故が起きなかったのであるから、右運転方法をもって原告に過失ありということができない。よって、原告には、本件事故における過失はないものと認められる。

4  次に、原告に3のとおり事故における過失がなかったとしても、原告がこの際の接触音に気づかなかったことがやむを得ないといえるかについて検討する。

前認定の事実に甲五、一三の1ないし4、弁論の全趣旨を総合すると、本件事故当時、原告の運転する本件バスがエンジン音の大きなディーゼルバスであること、約四五名の乗客が乗車しており、その多くが女子学生であったこと、右女子学生らの話し声が大きかったこと、本件事故の発生時間が一日のうちでも特に気温の高い午後二時台であったため、車内の冷房を最大で稼働させていたこと、運転席の頭上右側にスウィングファンがあったことが認められ、これらの事実によれば、本件バス車外の音は相当聞こえにくい状況にあったことは認められる。しかしながら、相手方車両の損壊状況及び同車両に乗車していた花輪優子の陳述書(乙八)によれば、接触により相当程度大きな接触音が生じたことが認められること、通常、車両運転士は自己の運転する車両に異物が衝突した場合、その接触状況を正確に判断するまでには至らずとも、何らかの異変を感じ取ることができるものであるところ、多数の乗客を乗せるという公共事業に従事する乗合バスの運転士には普通乗用自動車運転手に比較して高度の注意義務が課せられていることからすれば、右に挙げた車外音を聞きとりにくくする様々な要因があったとしてもなお、本件バスの運転士である原告は、通常程度に意識を運転に集中していれば、本件事故の音ないし震動を感じ取ることができたはずであって、前認定のとおり原告が本件事故による音、震動に全く気づかなかったことについては、不注意があったというべきである。

したがって、原告が本件事故の音ないし震動に気づかなかったことについては、本件事故発生についての過失とは直接関係ないが、乗合バス運転士としての注意散漫があったと認められる。

この点、原告は、他の運転士の起こした事故の中で、停車中のオートバイとバスの左後方部が接触したが、運転士が気づかなかったというものを挙げて、原告も右事故と類似した態様だから気づかなかったとしても仕方がなかったと主張し、甲七はこれに沿う。しかし、原告の挙げた右事故は、本件事故と接触の程度が大きく異なり、オートバイも転倒しなかったというものであるから、バスへの震動及び接触音は本件事故に比べ相当小さいものであると考えられるから、右事故を本件事故に当てはめることはできず、原告の右主張には理由がない。

なお、被告は、原告が本件事故の際の接触音に気づかないはずはなく、気づいていたものと主張し、被告乙山本人はこれに沿う供述をするが、1(三)に認定の原告本人の応答などの経過に照らせば、原告がことさら本件事故を隠蔽しようとする意図は到底認められないから、右主張には理由がない。

二  争点2(第一業務命令の違法性の有無)について

1  前認定、判断した事実及び後記記載の証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 原告と秋澤助役は、前認定のとおり本件事故現場で長友から説明を聞き、その後大和営業所に戻り、被告乙山にその内容を報告した。この時点で報告された事項は、本件事故現場付近は、右カーブになっていること、相手方車両が駐車中の車両で、しかも半ドアであったこと、長友が当て逃げされたと主張して怒っていること、相手方車両の右前ドアからフェンダー部分にかけてめくれたような傷があること、これと本件バスの傷が符合すること、長友が大きな音がしたといっているのに原告はこれに気づかなかったと言っていることである。

被告乙山は、右報告をふまえて、再度原告に問いただすも積極的な状況説明を得られなかったことから、本件事故につき原告に過失ありと判断して、原告に対し、秋澤助役を通じて意見書の作成を命じた。原告は、同日中に意見を作成し、その中に反省の気持ちを書き表した。しかし、被告乙山は、原告がいまだ右意見書を作成している間に、秋澤助役に、「こいつ明日からダイヤを抜いて草むしりをさせろ。」などに指示して、原告に対し、翌日からつなぎの作業服を持参して勤務に就くように命じた。(甲五、七、乙五一、六〇、原告本人、被告乙山)

(二) 本件事故に関する被告会社としての正式な処分は、平成九年九月二九日、事故防止対策委員会での告知聴聞に基づき、減点という形でなされた。同委員会では、事故を起こした他の六名の運転手に対する聴聞も合わせて行われた。

①川井昭彦運転士の起こした事故は、交差点内でオートバイを押していた被害者を発見していながら、被害者が突然前進したため、バスがよけきれずに接触し、オートバイを破損させ、被害者を負傷させたという事案である。また、②広田孝晴運転士の起こした事故は、前記のとおりバスが大踏切交差点を右折する際、踏切手前で停車していたオートバイとバス左後方部ボディとが接触したが、運転士が接触に全く気がつかなかったという事案である。そして、③宮崎文夫運転士の起こした事故は、車線変更の際、右後方車両の動向を気にしていたため前方車両が停車していたことに気づかず、追突し、二名を負傷させ、双方車両を損壊させたという事案である。

右各運転士に対する処分としては、①川井運転士に対しては、事故発生時の対処の仕方及び交差点進入時の安全確認と防衛運転についての指導教育とし、②広田運転士に対しては、右左折時には周囲の状況をよく把握し十分注意するように指導し、③宮崎運転士に対しては、見習い勤務を命じるというものであった。しかし、下車勤務になった者は原告一人である。(甲七、甲二一、乙一の1、2)

(三) 予備勤務については、服務規程一二条一項で、いつでも乗務することができるよう態勢を整えておくべきことが定められているが、つなぎの作業服を着て終日除草作業を命じられている形態の勤務については、規定されていない。その他の就業規則によっても下車勤務について直接定めたものはない。

他方、旅客自動車運送事業等運輸規則二一条三項には、「旅客自動車運送事業者は、疾病、疲労、飲酒、その他の理由により安全な運転をすることができないおそれがある運転者を事業用自動車に乗務させてはならない。」とある。(甲一、三)

被告会社大和営業所には、構内の室内清掃をする専従の外注作業員が一人いるほか、待機しているバスの洗浄、清掃を行う専従の外注作業員がいる。除草作業専従の従業員、外注作業員はいない。

被告会社で平成八、九年中に三日以上連続して除草作業をした運転士は、白井誠一、市川昭二、山口正、高野欣信、田中達雄の各運転士である。同人らの作業日数は、白井運転士は計二六日間、市川運転士は計七日間、山口運転士は四日間、高野運転士は計一六日間、田中運転士は計六日間である。このうち、白井、田中両運転士は養護学校での送迎を行う特定運転士であり、右除草作業が行われたのは、いずれの年も同学校の夏期休暇中である。また、市川、山口、高野運転士は、接遇不良に基づく下車勤務として除草作業を命じられた。平成九年二月及び三月には事故を起こしたために下車勤務になった者が各一名いるが、いずれも除草作業を命じられてはいない。(乙一〇、三八、四八の1、2、被告乙山)

被告会社大和営業所においては、予備勤務運転士は、①電話番、②清掃、整理(所内清掃、構内の清掃整理、構内除草、主要折返し場、主要停留所などの清掃、整理)、③その他(出庫準備、構内での車両移動、乗車券委託販売店への配達)の業務を行っている。ただ、右業務内容については、特に明示して同所所員に対する周知徹底をさせるなどの措置は採られておらず、管理責任者たる所長の一存で決定される。被告会社のその他の営業所でも下車勤務という勤務形態自体は行われているが、営業所ごとに具体的な勤務内容は異なる。(甲二九の1、乙五四、六二、被告乙山)

(四) 原告は、平成九年八月二日から同月二五日までの間、公休、有給休暇による原告の休日を除く出勤日には、毎日構内除草を行った。右期間内に原告は、一四日間出勤した。右期間中、原告は、同月二日午前中及び四日には、事故報告書の作成を行い、同月五日など五回にわたり個別教育として、秋澤助役から安全運転についての指導を受けた。しかし、原告は、右以外の就業時間中は、営業所構内周辺部全体にわたる除草作業を行った。同月二五日までには、全体についての除草作業がほぼ終了し、翌二六日、原告は、午前中は車内清掃を、午後は、個別教育のほか、主要停留所及び折返し場所の清掃を命じられ、これに従った。(甲一八、一九の4ないし6、乙一の1、2、三九、原告本人)

被告乙山は、右原告の構内除草作業について、同被告が命じることで原告に右作業をさせており、いつその作業を終了させるかは同被告の一存にかかっているとの認識を有しており、また、炎天下での右作業の結果原告が病気になっても仕方がないと思っていた。(甲二九、被告乙山)

2  これまで認定判断した事実をもとに、第一業務命令の違法性の有無について検討する。

(一) 被告乙山は、本件バスの損壊状況を確認した直後の秋澤助役からの口頭による報告及びその後自らによる原告からの事情聴取により、既に本件事故につき原告に相当の責任があるものと判断し、一番重い行政処分にしてもらうようにと告げている。そして、秋澤助役から本件事故現場で警察立会いのもと長友から説明を受け、相手方車両を確認した状況を口頭で報告され、これに基づき、直ちに第一業務命令を下したのである。その際、被告乙山は、一般市民である長友の言い分に重きを置き、当初長友が半ドアだったと述べていたことから、これを信じ、すでに原告に本件事故における過失(左に寄りすぎて走っているのに、駐車車両との安全な間隔を保って走らなかったこと)があることを前提として、原告が本件事故の音ないし震動に気づかなかったことを責め、原告が積極的に説明せず、肯くのみであるという供述態度をもって、全く反省していないあるいは前向きに事故原因を追及する姿勢が感じられないと判断し、第一業務命令を発するに至ったものである。すなわち、被告乙山は、相手方車両のドアミラーが無傷であったこと、実際には半ドアではなく全くロックがかかっていない状態であったこと、本件事故現場の路肩には右下がり傾斜があること、相手方車両の駐車場所が駐車禁止区域であったことといった前検討の原告の過失がないことを基礎付ける事情については全く考慮せず、しかも、本件バス、相手方車両のいずれの損傷の状況についても秋澤助役からの口述以外情報がなく、同人の撮影した写真も見ていないなど本件事故に関して後日容易に得られると予想される十分な判断資料さえ得ないまま第一業務命令を行うに至っている。また、被告乙山は、事故当日に原告が本件事故に対する反省を意見書として文章化している最中に、原告に反省がないと判断して第一業務命令に至っている。

右の経緯によれば、被告乙山が第一業務命令を行った際、十分に本件事故の状況を把握し、的確にその責任について判断したということはできず、また、原告がこれに対して本当に反省していないかどうかさえ顧みることはなかったということができるから、被告乙山の右業務命令は、不正確な認識のままなされたものであり、早きに失したと言わざるを得ない。

(二) 被告会社は、公共サービス事業たる乗合バス事業を担っているところ、この側面を重視すれば、一定の乗務をさせては危険があると管理職が判断する事由がある運転手に対して、その乗務を一切禁止することができないというのは、きわめて不合理であって、たとえ服務規定上明確に下車勤務という文言が表われていなかったとしても、前示の運輸省規則等の趣旨に鑑みれば、乗務から外すこと自体は、運行管理者たる所長の裁量によりなしうる処分である。よって、下車勤務の命令自体は、服務規程に直接記載がないことをもって違法ということはできない。

また、前認定のとおり下車勤務の運転手には、乗車勤務の代わりに電話番その他の雑勤務が課せられるところ、大和営業所には、相当程度の面積にわたり雑草が生えているものの、除草作業をする専従の作業員はいないのであって、清掃専従の作業員も時間が余れば除草も行うという程度であったから、構内の除草作業は乗車勤務に就いていない運転士の誰かが行うものと想定されているというべきであり、下車勤務の勤務内容の一つであることも認めうるのである。よって、下車勤務の通常の形態としての除草作業は、必ずしも認められないものではない。この点、原告は、甲一を提出して、構内の除草作業自体が、服務規程に根拠を置かないものであるから、およそ所長の裁量により運転士に対して命じうるものではないと主張するが、前記運輸省規則等に照らせば原告の主張には理由がない。

そして、原告には本件事故について過失が認められないとしても、原告の不注意により本件事故の発生を認識しなかったことは否定することができないので、被告乙山が原告に下車勤務を命令したこと自体には違法の点はない。

(三) ただ、本件の第一業務命令についてみれば、被告乙山は、原告に対し、八月二日から就業時間中除草作業をすることのみを命じ、しかも、原告が除草作業への従事を終えた同月二五日までの間、被告乙山その他の被告会社の上司から右作業に期限あるいは作業範囲を指定したことはない。さらに、前判断のとおり、原告は、本件事故において長友に対する関係で全く過失がないにもかかわらず、被告乙山は十分な調査を尽くさないまま原告の有過失を前提にして右業務命令を発しているのである。そうであれば、前判断のとおり除草作業自体が下車勤務の一形態として適法であると認められるものとしても、被告乙山の一存で、期限を付さず連続した出勤日に、多数ある下車勤務の勤務形態の中から最も過酷な作業である炎天下における構内除草作業のみを選択し、原告が病気になっても仕方がないとの認識のもと、終日または午前或いは午後一杯従事させることは、被命令者である原告に対する人権侵害の程度が非常に大きく、安全な運転を行うことができないおそれがある運転士を一時的に乗車勤務から外しその運転士に乗車勤務復帰後に安全な運転を行わせるという下車勤務の目的から大きく逸脱しているのであって、むしろ恣意的な懲罰の色彩が強く、乗車勤務復帰後に安全な運転をさせるための手段としては不適当であり、運行管理者である所長の裁量によりなしうる範囲内ではあり得ないというべきである。

3 したがって、第一業務命令は、前判断のとおり原告が本件事故の発生に気づかなかったこと自体には原告の不注意があったと認められるものとしても、就業規則八条二項の趣旨に反するのみならず、被告乙山の所長としての裁量の範囲を逸脱した違法な業務命令であるというべきである。なお、被告摘示の最高裁判所平成五年六月一一日第二小法廷判決・判例時報第一四六六号一五一頁は、本件とは事例を異にする。

三  争点3(第二業務命令の違法性の有無)について

1  前認定、判断した事実及び後記記載の証拠によれば、次の事実が認められる。

(一) 被告乙山は、秋澤助役から八月二六日の原告の掃除態度が良かったので乗車勤務に復帰させてもよいのではないかとの進言を受け、下車勤務を終了させることを決めた。翌出勤日である同月二九日から乗車勤務復帰に備えて乗務準備個別教育、研修を行うこととし、秋澤助役が原告に対し、路線バスの安全な運行をするための講義をした。同講義は九月一日までの四日間続けられた。その際、秋澤助役は、服務規程及び研修センター資料の「旅客案内の手引き」を用い、読習と筆記をさせ、適宜原告からの質問を受けることができる体制をとった。(乙五一、五三、被告乙山、原告本人)

被告乙山は、原告に対し、次の出勤日である同月四日から、班長運転士による添乗指導を受けることを命じた。添乗指導は、班長運転士が行うものであり、被告乙山は、原告を担当することになった森岡亀吉班長運転士(以下「森岡班長」という。)に対し、原告に走行時左側に寄る傾向があることを申し送りした。(乙五一ないし五三、被告乙山)

(二) 添乗指導においては、森岡班長を初めとする三人の班長運転士各一人が、原告の運転するバスに制服姿で乗車し、適宜ないし乗客降車後に運転技術及び服装、指差呼称、接遇などを個別指導した。右添乗終了後、班長運転士は、右運転技術等計二七項目について、「よい」、「普通」、「よくない」の判定をし、それぞれの項目につき特記事項があれば右空欄に記載し、また、備考欄に全体を通しての班長運転士の感想、指導内容を記載して、添乗査察報告を作成した。(乙一二の1ないし27、五二)

添乗指導は、一〇月七日までの二五出勤日の間に、計二六回行われ、同日の添乗指導の最後に、被告乙山を試験官とする独車試験を実施し、原告はこれに合格したので、翌出勤日である同月一〇日から単独の乗車勤務に復帰した。

右添乗指導期間中、森岡班長は一九日間指導した。同人は、同年九月四日(初日)の添乗査察報告の中で、発車時の安全確認度、運転速度、停車時の安全確認度、警報機の使用度といった運転技術に関する項目を「よくない」と判定し、備考欄に「走行中左に寄りすぎる傾向があるので指導した。」と記載した。同月五日ないし七日、一一日分では、いずれも発車時に「後ろに下がる」ことを記載し、同月一三日から一五日までは、運転技術のいずれの項目も「普通」としたが、同月一七日には、発車時に後ろに下がる傾向について再び指摘した。そして、同月一八日には、運転技術の項目をいずれも「普通」とした上、備考欄に「ただ走行中左に寄る傾向は大分なくなって来た。」と記載した。同日以降森岡班長は、運転技術項目についてはいずれも「普通」とし、特記事項及び備考欄に運転技術に関する感想、指導内容が記載されたことはない。なお、同月一九日は、岡本春夫班長運転士が査察員として添乗し、上り坂において発車の際、ショックがあることを指摘し、同月一二日及び二一日は下谷征雄が査察員として添乗し、両日とも警報機の使用度が少ないことを指摘した。

他方、同月四日から二五日までの間、指差呼称及び接遇の細目については、「よくない」の項目が必ずあり、同月一八日までは呼称につき、「声が聞こえない」こと、同月二五日までは感謝用語につき、「声が聞こえない」または「なし」との特記事項が全ての日に記載されている。備考欄は、同月二五日までいずれも呼称、接遇について指摘がある。すなわち、四日及び五日は、指差、呼称、マイクの活用とも全くやらないこと、六日以降は、指差はやるようになったが、呼称の際の声が小さいこと、七日以降は、感謝用語、対応について「やらない」或いは「声が小さい」ことが指摘されている。一七日以降は「ブザー応答、対応、内外マイクの活用をやるようになった」と記載され、二二日は「感謝用語をやらない以外はまずまずになってきた」こと、二二日以降は、交通安全運動の広報活動をしない点が指摘されている。(乙一二の1ないし27)

(三) また、右添乗指導と併行して、秋澤助役及び被告乙山により、原告に対する個別指導教育がなされ、その中で班長運転士の作成した添乗査察報告書をもとに、具体的に再度原告の運転の欠点を指摘したうえで、その改善を促すべく指導し、その結果を運転士教育記録に残した。(乙一四の1ないし7、被告乙山)

なお同月一八日の添乗指導につき、乙五二の森岡班長の陳述書には、右同日の出来事として和田町付近にて道路左側に駐車中のドアを開けようとしていた白い乗用車の横を通過した際、横すれすれを減速もせず通過したので注意したが直さないので、同日午後三時ころ添乗指導を辞めさせて欲しいと被告乙山に願い出たと記載されており、被告乙山も本人尋問においてこれに沿う供述をする。しかし、乙一二の11は、添乗指導の行われたその日のうちに作成される性質の業務文書であるところ、同文書には右白い駐車車両の点が特に記載されておらず、却って前認定のとおり「ただ走行中左に寄る傾向は大分なくなって来た。」と記載されていて、同文書の記載に信用力があるから、これに反する右森岡班長の陳述書の記載はにわかに信用することができず、乙五二及びこれに沿う被告乙山の供述は採用できない。

2  これまで認定判断した事実をもとに、第二業務命令の違法性の有無について検討する。

第二業務命令は、八月二六日に原告が清掃を行った態度が良かったことを受け、その翌出勤日から除草作業、清掃整理を内容とする下車勤務から解いてなされた業務命令であるところ、第一業務命令がなされた発端が本件事故であることからすれば、被告会社としては、原告について、走行時左寄りの傾向があるなどの運転技術上の問題があると考え、その矯正を目的としてなされた業務命令であることが明らかであり、目的において正当である。

また、その手段としては、被告乙山から班長運転士に対して原告の欠点と思われる事項が申送りされている上、原告自らに運転をさせ、そこに添乗した熟練の班長運転士に、その度に個別に欠点を指摘させる方法をとっているのであるから、適切なものというべきである。実際、添乗指導の内容として、最初の添乗指導日である九月四日に原告の左寄りの傾向が指摘され、その後同月一八日にはその傾向がなくなってきたとの指摘があるから、右指導が一定の矯正効果を発揮していることも明らかである。

よって、原告に対する第二業務命令は、もとより適法妥当なものであって、違法とは認められない。

この点につき、原告は、通常添乗指導は一〇日ほどで終了するのに、原告に対しては一か月以上行われたことは見せしめであり、また、同月一八日以降なされた指導はもっぱら接遇、指差呼称の面についての指導であって、運転技術上の問題点は何ら指摘されていないことからすると、その運用において違法があると主張し、原告本人の供述はこれに沿う。しかし、公共サービス事業たる乗合バス事業においては、乗客に対する接遇、発車時、運転時の指差呼称は、重要な事項であることは言うまでもなく、これは服務規程三条、四条、二七条にも表われている。原告の運転するバスに添乗した班長運転士が「よくない」と指摘する事項は同月二五日まで一貫しており、同様の指導がなされていたことが認められるものの、その間原告に一向に改善の傾向が見られなかったのであって、運行管理責任者のとるべき措置として、当初の目的である運行技術上の問題点が解消されたからといって、新たにほかの問題点が発見されて解消されていないまま、直ちに通常の乗務に復帰させることは、決して適切であると言うことはできない。よって、添乗指導が運転技術上の問題点の解消後も継続されたことは、何ら違法ではなく、むしろ原告の運転自体に問題があったというべきであるから、原告の右主張には理由がない。

3  したがって、第二業務命令については、開始されたのが事故後一か月経ってからであること、同月一九日以降は専ら接遇面のみの指導となっていること、合計一か月以上の期間にわたって行われたことなど原告が違法性を根拠づける事実として主張する全ての事情を斟酌しても、これを違法と評価することはできない。

四  争点4について

以上のとおり、第一業務命令については被告乙山の違法な命令であり、同人による不法行為が成立すると認められるところ、右不法行為が、原告がその結果病気になっても仕方がないとの認識のもとに行われた、故意による不法行為であることを考慮すれば、これにより原告に生じた精神的損害は決して小さくないのであって、これを慰謝するに足りる金額としては、六〇万円が相当である。

第五  結論

以上によれば、原告の請求は、被告らに対し各六〇万円(被告らの不真正連帯債務として)及びこれに対する不法行為の日の後である被告乙山においては平成九年一一月一六日から、被告会社においては平成九年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の請求を認める限度で理由があるからこれを認容し、その余については理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六四条本文、六五条一項本文、六一条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・南敏文、裁判官・矢澤敬幸、裁判官・藤澤裕介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例